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なまもの、けものブログ

70%ニートが、なんてことないことをかくブログです。

みんな雨と友達だった―『雨に唄えば』―

今週のお題「雨あめ降れふれ」ということで、

ニートになってから初めての梅雨を迎えて考えたことを書きたいと思います。

 

思い返すとこの前まで、

雨が降っている日はなんだか憂鬱だなぁと思っていたのですが、

最近はそんな風には感じません。

非常に清々しい。

家の前の桜の葉っぱの緑が映えててきれい、と感じるくらいです。

 

なぜ雨に対する感じ方が変わったのか。

おそらく、

「雨か。じゃあ、おうちにいよう」

ということができてしまうようになったからです。

ま、家にいる時間が増えたということなのですが。

 

強い雨でも、出かけなくてはいけない。などという

天候を上回る優先順位のコトガラがある状況が

この4月からなくなっています。

 

今日が雨でも、明日が雨でも、不思議と憂鬱にならない。

自分が今の「社会」とは切り離された存在だと感じる瞬間でもあり、

天候に従ったある意味原始的生活をしているのかもと思う瞬間でもあります。

 

雨が降っていると気が落ち込む、こんな風に感じる人が多いのは

人間の雨に対する本能的な反応は「家で休め」だからなのかもしれません。

 

雨、といえば映画『雨に唄えば』。

雨の中で歌い、踊るこのシーンが大好きです。

 


Singing In The Rain - Singing In The Rain (Gene ...

 

このシーンを見ると、

自分の小学生時代を思い出します。

濡れることなどへっちゃらで、ズカズカと水たまりに入り、

雨どいからの水柱に傘を当て「滝だー」とさけび。。

雨が強くなればなるほどテンションはあがったものです。

おそらく、ほとんどの人はそうではないでしょうか。

きっと、この腕組む警官だってそうだったはずです。

 

そんなことをこのシーンでは大の大人が楽しそうにやっていることがおかしくもあり、

いつから私はこのようなことをしなくなったのだろう、

私も知らず知らずのうちにこどもの心にさよならをしていたのだなと

しみじみ思ってしまいます。

 

 

私は小5くらいから、長靴を履かずに意地張って親の制止を振り切り

豪雨のなか運動靴で登校していった記憶がありますが、

その時期と、雨を純粋に楽しまなくなった時期が

すこし重なっているような気がします。

雨が、友達ではなくなっていく時期。

 

成長するって、なにかに別れを告げてしまうことでもあるんですね。

 

しかし、「別れを告げる」といっても、

私がこのシーンを見て小学生時代を思い返すように、

完全にこの時の気持ちを忘れたわけではなく、

知らず知らずのうちに心の奥底に押し込んで抑えてしまっているのだと思います。

 

たまには、一歩右足を水たまりに躊躇なくいれて

雨と再び友達になってみると、

いい方向に心が動くかもしれません。

 

ではまた。