しっくりこない4つのポイント―「セクハラヤジ」鈴木議員の会見―
塩村文夏議員に対する「セクハラヤジ」について、
今日鈴木章浩議員が会見を行いました。
【全文】「初心に返って頑張らせていただきたい」鈴木章浩都議が会見 (1/3)
全文読み、ニュースでも映像を見たのですが
なんだかしっくりきませんでした。
というより、問題を一層深刻化させている会見となったなという印象です。
しっくりこなかった理由は大小含め4つあります。
①ガードの固さ
まず、かたくなにガードを張って発言しているということ。
記者の方たちが手を替え品を替え質問しても、
「申し訳ない」「反省している」「逸してしまった」ばかり。
まるで弁護士が代弁して謝罪しているような感じでした。
自分の言葉で包み隠さず説明しているようには一切とれません。
ではなぜ、鈴木議員は定型的な謝罪の言葉を繰り返すにとどまったのでしょうか。
私は、
鈴木議員の女性に対する認識が
根本から間違っているからだと思います。
「早く結婚した方がいいのではないか」と発言したことがどうしてここまで問題になったのか、本人がまだはっきりと理解できていないのではないでしょうか。
50年以上生きてきて染みついた価値観は、数日でなかなか変えられませんもんね。
理解が完璧でない中で発言するとどうなるか。
失言が起きます。
つまり、女性に対する認識が根本的に間違っている鈴木議員は
踏み込んだ発言をすることで新たな失言をしてしまうことを
恐れたのだと思います。
そうでなければ、有権者に向けて全部話すはずですもんね。
だって議員を続けるつもりなのですから。
②議員は続ける
そうです。
鈴木議員は議員を続けるのです。
ぱっとしない謝罪で続けるなんてしっくりきませんねー。
これだけ海外メディアも大きく報じていて、
鈴木議員にしてみれば選挙の時くらいしか接点のないような党幹部や閣僚が苦言を呈しているのですから
「辞職」という選択肢はあったと思います。
バカッターだって不適切な投稿で退学になったりしてますもん。
心ないヤジを言う議員は「バカッター」と同じ!? - なまもの、けものブログ
もしかしたら、(ここから私の推測です。)
鈴木議員も辞職するつもりはあったのではないでしょうか。
20日の時点では、鈴木議員は「辞職に匹敵する」という考えを示していました。
しかし、これを今日の会見では「(「辞職に匹敵する」と言った)記憶がない」と逃げたわけですね。
政治家がごまかしたいときによく使う「記憶がない」。
なにかごまかしたいことがあるのか。
うーん、どうも怪しい。
発言内容が会見以前と会見とで一転したことも「嘘をついた」と。
嘘つきますかね。カメラの前で堂々と。
怪しい。すごく怪しい。裏がありそう。
私は裏を考えてみたところ
一転して議員を続けるといったこと、嘘をついたと釈明したことは、
「自民党議員”様”のため」
なのではないか、という結論に至りました。
というか、私が鈴木議員の立場だったら、これしか続ける理由が思い浮かびません。
なぜなら、鈴木議員が辞職をしないことで
「セクハラヤジを言っても辞めなくてよい」という前例を作ることになるからです。
この前例を作ることが、一部の自民党議員にとって都合がいい。
セクハラヤジを言ったのは、塩村議員によると複数人。
そして笑った傍観者も含めるとかなりの数が予想されます。
鈴木議員が今回の一件で辞職をすれば
この方たちも、辞職すべきだと言われるでしょう。
しかし、鈴木議員がなんとか踏ん張ってくれれば、
一緒になってヤジを飛ばした人の保身にもなるわけです。
「鈴木議員辞めてないし、私も謝るだけでいいでしょ」と言う感じに
言い訳できます。
鈴木議員も、長老議員たちに嫌われずになんとか政界に留まることができる。
ほとぼりが冷めた5年後10年後くらいにまたこっそり公認もらう、とかだったら最悪です。
③させていただくの乱用
あと2つは些細な「しっくりこないポイント」なのですが、
鈴木議員緊張していることもあってか、
”させていただく”をやたら使っていました。
「動詞を言った後には”させていただく”を付け加える」と決めていたのか
何カ所か自分に対しても使っていて、あまり上手に話せていないなと思います。
父親がこういう話し方だったら嫌です。耳に付きます。
しかし奇しくも
「とりあえず謝っとけばいい」という感じの謝罪会見だったので、
「とりあえず”させていただく”いっとけば大丈夫でしょ」という感じの話しぶりが、
悪い意味で非常にマッチしておりました。
④社会的コンテクスト
―鈴木議員ご自身は結婚しているんですか?
はい。私も結婚させていただいております。
―子どもはいるのでしょうか?
はい。3人おります。
会見のこの質問と応答、なんだかしっくりきませんでした。
結婚している、子供がたくさんいる、ということが
「本当は女性も子供も大事に考えているのだ」ということの根拠にしていると受け取れるからです。
確かに、選挙ポスター等では
「独身」よりも
「愛妻家」「〇男〇女の父親」のほうが、女性・子育て支援をやってくれそうかなと
勝手に思ってしまうことがあります。
しかし、それは危険かもしれません。
年齢性別職業等の社会的コンテクストだけでは判断できないこともあるのです。
今日の会見でそう思いました。
女性・子どもに対するイメージを良くするために
結婚の時期を早めたり、
配偶者が望まない出産をさせたりするという
卑劣極まりないことをしている(してきた)人も中にはいるのではないかと
とても恐ろしくなりました。多分いらっしゃらないとは思いますが。
ということで、非常にしっくりこない会見でした。
ではまた。