なまもの、けものブログ

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ヒトが人間でいられるために―『人間失格』感想

先週から読み始めていた

太宰治人間失格』。

 

 

人間失格 (新潮文庫 (た-2-5))

人間失格 (新潮文庫 (た-2-5))

 

 

ブックオフがセールの時に

新潮文庫のショッキングピンクの表紙が気に入って

買いました。

(画面に出ている表紙のものは、2014年限定のもののようで、

こちらも欲しい。)

 

読むのはおそらく2度目、だと記憶しています。

 

一週間前から読み始めて、

なぜ今日までかかったのか。

こんなに暇な時間があったのに。

 

自分でも不思議なのですが、

とても、読むのに労力が必要だったのです。

 

こんな身の上だからか、

あまりにも、共感できてしまう。

心の奥底を、突き抜かれるようだ。

 

それが怖かった。

どんどん読み進めたい、と

目で追うスピードは速かったものの、

ページをめくる手が、とても重かった。

 

急いで読んだら、

心が突き抜かれ過ぎて、瀕死してしまいそうだった。

 

結果として、今日までかかった。

重かった。

 

 

僕も、人間失格へのレールに乗っているのかもしれない。

 

そう思いました。

 

いまは幾分か改善しましたが、

就活がうまくいかなくて、何もしたくなかった昨年末は

葉蔵のように周りを(社会を)見ていました。

 

何も信じられない。みんな裏の顔を持っている。他人を落としめても、裏切ってもへっちゃらだと思ってるんだ。と。

 

いまでも少しは社会に対してこう思っています。

皮肉さを手に入れ、純粋さを捨てないと社会ではやっていけないのかなとも思っています。

そして、僕は

「純粋さ」を捨てる必要が分からなくて、

嘘や裏切りなんて出来なくて、

そういう人たちが信じられなくて、

だから社会のレールから見事にはじき落とされたのかなとも思っています。

 

 

僕のことに話が逸れてしまったので、元に戻すと、

 

葉蔵は、どこまでも純粋だった。

そして純粋でいたいと願って生きていた。

だから、あらゆるものを疑って生きていた。

相手にも「純粋」をどこかに求めていたから。

でも、そんなの誰にもなかった。

そして、裏切られた。

 

葉蔵は、酒に、クスリに溺れる。

人間失格。もう、たぶん戻ってこられないところまで行ってしまった。

 

僕は、葉蔵のすべてに共感できたわけではない。

理解はできるけど、共感はできない部分は多々あった。

 

酒に、クスリに溺れていない僕は

人間失格とは、まだ遠いところに位置していると思う。

 

葉蔵と僕との違い、

それは間違いなく、愛だ。

 

家族の愛だ。

 

この作品を読み終わって、

「家族に感謝しないといけない」

と強く感じた。

家族がいなければ、僕も破滅の道を辿っていたはずだ。

 

結局、愛なのだ。

人間を人間として繋ぎ止めているのは、愛なのだと思う。

 

だから、バアのマダムは最後に

「あのひとのお父さんが悪いのですよ」

と言ったのだ。

 

「何気なさそうに」言ったけれど、

この言葉が、この作品の核心である。

 

 

今は、甘いのは分かっているけれど、

悔しいけれど、

僕が人間でいられるのは、家族のおかげだ。

 

 

ではまた。