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なまもの、けものブログ

70%ニートが、なんてことないことをかくブログです。

中庸、何でもカモン

こんばんは。

 

今日は「中庸」ということについて。

 

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ネット、主にSNSができて

自分の意見を、不特定多数の人が読んでくれる環境が用意され、

意識的にしろ、無意識的にしろ注目を集めたいがために

極論極論でのぶつかり稽古が続く今日このごろ。

 

そんななか、

ちょうどいいバランス=「中庸」が求められる、と考えている人も多い。

 

 

でも、中庸ってなんだろう。

 

 ちゅうよう【中庸】
 

( 名 ・形動 ) [文] ナリ 
考え方・行動などが一つの立場に偏らず中正であること。過不足がなく,極端に走らないこと。また,そのさま。古来,洋の東西を問わず,重要な人間の徳目の一とされた。中道。 「 -を得る」 「 -にして過甚ならず/西国立志編 正直」

                                  大辞林 第三版)

 

                        中庸 とは - コトバンク

 

「立場に偏らない」って言葉では簡単だけれど、

そこに至るまでの方法が難しい。

極論に走らないために、

初めから真ん中を狙っていくのか、

それとも両極端の立場を理解することからはじめるのか、

よくわからない。

 

初めから真ん中を狙っていくとなると

無個性な気がするし

両極端を理解しようとすると

どちらかにどうしても偏ってすぐにバランスが崩れてしまいそう。

 

とくに専門家でもないのにいっぱしの意見を述べようとすると

余計にバランスが崩れ、一方の立場にゴロっと傾ききってしまう。

 

 

中庸って、やっぱり難しい。

 

自分の立ち位置が中庸なのかな、偏ってないかな、

と考え込んでいるうちに、何も意見ができなくなってしまい傍観するだけになってしまう。

いまの僕だ。

 

高尚な人じゃないと、常に中庸は無理かも。

 

 

僕は、高尚な人じゃないけれど

中庸でいられる人には憧れがあるから

無理しない程度に「否定しない」ことを心掛けている

 

どんな意見もカモン。

とりあえずYES。

 

自分の意見が中庸かどうかは判断できなくても

他人を全て受け入れていれば自分が中庸になった気分になれる。

 

典型的な「偽善」というやつかもしれないけれど、

なんでもカモンの姿勢は、イライラすることが少ない。

人にはどっちつかずだとイライラされるかもしれないけどね。

 

 

ただ、

何でもカモンしていても

結局グラグラしてしまう。

 

 

だから、結局聞くだけで、黙り込んでしまう僕なのであった。

 

ではまた