なまもの、けものブログ

70%ニートが、なんてことないことをかくブログです。

口癖直したら人生変わるのかなあ。―「でも」とエゴ―

こんばんは

 

僕は言葉に興味があって、大学でもそういう系の勉強をしていたのですが、

人と会って話すときも、相手の言い回しとか、テンポとか気になってしまいます

 

特に気になるのが、語尾なども含めた、口癖

 

 

僕は高校生のとき、

クラスに1人くらいいる、基本真面目だけれど中身がひねくれている生徒だったので

授業中に先生の口癖を見つけては

その言葉を授業時間内に何回言うか「正」の字でノートにカウントしていく作業をして一人で楽しんでいました。ひどい生徒です。

 

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「あの、ここは、こういうことで、」と「」をやたら連発する先生の授業中(ちなみにこの先生の授業はとてもつまらない。)、クラスがうるさくて、

 

ねーね―ねーね―ねーねーねー聞いて!!!!」

 

と先生が言ったときはひとり吹き出してしまったこともあります。

おかげさまで、僕には友達がほとんどいませんでした。

 

 

人の口癖を気にするということは

もちろん僕自身の口癖のことも気にします

 

僕の口癖はいろいろあるのですが

そのなかで一番嫌で直したいと思っているのが、

 

「でも」

 

という言葉。

 

僕はやたらと使ってしまいます。

意識しなければ

人と会話するとき、ほとんどこの言葉が文頭についていると思う。

 

先ほども

「今日は暑いな」と父に言われたときに

でも、昨日の方が暑くない?」と「でも」付きで返してしまった。

 

せっかく人と話しているんだから

自分だから言えること、とか、その人が思っていることとは違った見方

提供したほうがいいのではないかという変な配慮が頭の中にあって

それが僕をデモデモ人間にさせている、と僕は分析しています。

 

でも(また言ってしまった)、

そういうヤツって話していてめんどくさいですよね。

話の筋が常に蛇行していくというか。

就活の面接がことごとく散ったのも、

デモデモ光線を無意識のうちに連射していたのが一因だと思っています。

 

 

なので、社会で生きていくためには直すしかないなと最近思って

いまは意識的に「でも」を言わないようにしている。

 

「でも」が口から出そうになったときは

一呼吸おいて、

  ・「でも」を使わないで相手に返す言葉はないか

  ・どうしても「でも」を言わなければならないときなのか

と考える。

 

どうしても「でも」を言わなければいけない場面は「でも」というけれど

一度立ちどまって考えてみると、「でも」を言わずにコミュニケーションを進行させられることがほとんどだ。

 

だから、僕の口から「でも」が出てくることが少なくなった。

 

これって、単純に口癖が減るということではない。

「でも」を使って相手の話の流れを遮ることが減るので

相手の言いたいことを存分に聞くことになる。

結果的に、

相手のことを受け入れ、相手の立場を考える

ことにつながっているのだ。

少なくとも僕の場合はそう。

 

 

そして

「でも」を意識的に使うのをやめ続けていると

「でも」という言葉はエゴのあらわれなのではないか

と最近思うようになってきた。

 

だから、

「でも」が口から出そうになると

「静まれ、僕のエゴよ!!もう少し我慢だ!!」

と自分に言い聞かせている。

 

でも(また言った)、

僕のエゴは強くて

気を抜くとすぐに「でも」という形で顔を出すのでありました。

 

 

みなさんは自分の口癖好きですか?

口癖はどのくらい「あなた」をつくりあげているのだろう。

僕は、結構根幹にかかわる部分を口癖が担っている(口癖にあらわれている)

と思っている。

 

だから極論を言えば、口癖直したら人生変わるのかもしれない。

 

ではまた。